estwald2002のブログ

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映画「ファイト・クラブ」感想

  • 1999年、アメリ
  • 監督:デヴィッド・フィンチャー
  • 主な出演:ブラッド・ピットエドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム=カーター、ミート・ローフ
  • あらすじ:
    不眠症を抱え、難病患者のセラピー会場へ潜り込み、周囲に合わせて大声で涙を流すことで毎夜寝付きを良くしている「僕」。出張ばかりのうんざりする毎日のとある飛行機内で、「僕」は自分と同じ鞄を持つ石けん売りのタイラーという男と知り合う。「僕」は彼に好感を持ち、連絡先をもらう。帰宅すると、なぜか「僕」の自宅マンションが爆発しており、大事にしていた内装や食器などがバラバラに散乱していた。行くあてのない「僕」はタイラーに電話する。彼と飲み交わし、「まどろっこしい言い方はするな、俺の家に泊まりたいんだろう?」と言われうなずくと、「じゃ、代わりに俺を力一杯殴ってくれ」と言うタイラー。「僕」は驚くが、あまりに彼がしつこいのでぶん殴ってみる。殴り殴られる「僕」たち。妙に爽快な気分になりつつ、「僕」はタイラーの廃墟のような家に転がり込む。いつしか「僕」とタイラーとの殴り合いを、男達が群がって観戦するようになった。タイラーは酒場の地下を勝手に借りて「ファイト・クラブ」という秘密の殴り合いの集会を開く。いつにない爽快感をファイト・クラブで味わう「僕」。だがその集まりは次第に反社会的な様相を帯びはじめる。そしてタイラーの正体とは…。

  • 感想:
    まずファイト・クラブという集まり自体がちょっと常軌を逸しているが、この映画にはそれ以上に狂っているところがある。「僕」のセラピー通いもその一つである。黙っていれば誰にもとがめられないのをいいことに難病患者の集まりをはしごしまくるという無神経さが、衣服や食器等を高級ブランドで揃えるという物欲の強さもあわさって酷い。
    セラピーで「僕」にとって邪魔な存在として登場するヘレナ・ボナム=カーター演じるマーラもかなりエキセントリックな性格をしており、タイラーのところへ転がり込んでは「僕」を悩ませる。
    タイラーが「家にあるもので簡単に爆弾は作れる」と言っていたのが本当であり、「僕」の家を破壊したのも、のちに大資本のビルを破壊する元凶になったのも、途中までそれが原因だとは思わなかった。「石けん」はその素材に過ぎなかったという伏線の張り方の巧妙さと、痩身美容クリニックから盗んだ人間の脂肪で作った石けんを美容店に売り込むという汚らしさ。
    「常軌を逸している」とは書いたが、ファイト・クラブでの男どもの汗と血飛び散る殴り合いは、この映画のひとつの見物でもある(趣味さえ合うのなら)。会場の無断使用をとがめられたブラッド・ピット演じるタイラーが、オーナーに無抵抗に殴られた後に自分の血へどをオーナーに吐きかけて使用を認めさせるところなどは鬼気迫っている。
    顔面あざだらけの「僕」が上司を脅して拒否されると、自分で自分を殴り、部屋中の物を破壊しまくって、駆けつけた警備員にどう見ても自分が上司に殴られたようにしか見えないよう仕向け、大量の備品をせしめていくところも、エドワード・ノートンの演技力の高さを感じた。
    そしてファイト・クラブが昂じて発生し、タイラーが統率を取った秘密結社「メイヘム」。まるで軍隊同然に規律を守り一糸乱れず爆弾を作り爆破計画を立てていく黒ずくめの男達。「僕」がセラピーで出会いファイト・クラブで再会したボブもその仲間に入り、しくじって警察に撃たれ死亡するが、「我々には名前がない」「裏庭に埋めよう」と言い出すメイヘムの男達に「彼にはボブという名前がある!」と「僕」が叫ぶと、「死んだメンバーは名前を持つ」と一人が言い出し、次第に「彼の名はボブ」「彼の名はボブ」という輪唱が湧き上がるところは怖かった。
    何よりもこの映画のキモは、タイラーの正体が「僕」のもう一つの人格であったと「僕」が気付くところである。行方をくらましたタイラーを追い、飛行機で各地へ飛ぶ「僕」だが、ある街のメイヘム分所で「彼の名前はボブ」の輪唱を再び聞き、「先週もあなたはいらっしゃいました、あなたはタイラーさんです」と言われる。ホテルにすっ飛んでマーラに電話すると、自分のことを「タイラー」と呼ばれ、慄然とする。そこに突然タイラーが現れ、自分達は二人で一人なのだ、と気付かせる。(考えてみれば、同じ鞄を持った男が飛行機で隣に乗り合わせる確率などほぼ0に等しかったのだ…。)
    クレジット会社など資本主義の象徴である企業が入っているビルを連続爆破するというメイヘムの計画を知った「僕」は、必死にそれを阻止しようとするが、タイラーの妨害に遭いなかなか進まない。監視カメラに映る、「僕」ひとりの格闘シーン。ビルの階上で、「僕」は椅子に拘束されタイラーに銃を突きつけられるが、『タイラーが銃を持っているということは自分もまた銃を持っているということだ』と気付き、手に現れた銃で自分の口を撃ち抜く。タイラーは消滅し、「僕」は頬を怪我するが、ビルの爆破阻止は間に合わず、マーラと二人で高層ビルが崩れていくのを見守るだけであった。大変な被害が出ているのを見ているのに、妙に美しいラストである。サイコSF的ですらある。


    なお、「僕」というのはキャストの字幕で「ナレーター」と出ているための便宜的な一人称で、映画サイト等では「ジャック」という名が仮に与えられているところもある。

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