映像と日常と~estwald2002のブログ

主に映像作品の感想文を書いていきます

B型作業所雑感~いいところに入れた

私は今までに一般企業での就労経験が4回ある、精神障害者である。

具体的には躁うつ病気分障害)で、大学新卒で入社した会社で発病して退社、その後精神障害者手帳2級を1999年に交付されており、障害国民年金と厚生年金2級を受けて生活している。

それでも結婚できて、今週には17回目の結婚記念日を迎えたのだから、人生とはいろいろな意味で分からないものである。

企業の障害者雇用枠への再就職も年齢的に難しくなり、就労継続支援A型作業所*1すら面接で落ちたため、今は就労継続支援B型作業所*2に通っている。

最初に通ったのはもう20年以上前、B型云々とはまだ言わない頃だった。かまぼこ板を切り出した人型に絵を描き、台所や玄関のアクセサリーを作ったり、押し花はがきを作っていた。時給は100円。10時に集合して、当番制でカレーなど昼食を作ってみなで食べ、3時に解散。
人により病気はそれぞれで、人付き合いが面倒に感じたこともあった。でも、家にこもっているよりはマシだったと今にして思う。工賃は雀の涙だが、社会に1歩出るのにはよかったんだろう。かなり長い間通ったその作業所と、所長さんには感謝している。

先日まで在籍していたB型作業所は、アクセサリー作りが主な商品だったが、私はほぼひとりで映画の感想文を書いていた。
着手した頃にちょうど新型コロナの緊急事態宣言が発令され、在宅作業を余儀なくされた。だが、宣言が解除されてからも私は在宅を続けた。Amazon Prime Videoを見てWordで感想文を書き、作業所にメールを送ることで何の不自由もなかったからである。それと、知的障害者の歌声や騒ぎ声が気になって仕方がなかったというのも大きい。工賃は通いで430円/時(交通費自費)、在宅だと330円だった。
なかなか自分の感想文がネットに公開されなかったので(ココナラを考えていたらしいが、結局noteにしたらしい)、いい加減愛想が尽きて、先日辞めた。

今は、猫の殺処分を少しでも減らすことを目指して、猫カフェの立ち上げや猫のアクセサリー作りや猫ホテルや猫と子供達とのふれあいの場を作ったり、猫の葬儀を執り行うことを目指した新しいB型作業所に通っている。
毎日、ITパスポートの試験を受ける勉強をさせてもらったり、レジンのアクセサリー作りを手伝ったり、羊毛フェルトのアクセサリーを試したり、そんな作業の合間に猫のグルーミングや爪切りをやっている。
作業中に猫の可愛らしい鳴き声が聞こえたり、足元を歩いてくる猫を撫でてやるのはとても楽しい。
これで、時給900円である。交通費も出る。前の作業所を辞めてこちらの作業所へ通う時間を増やす方がいいのは明らかであろう。

今日は2ヶ月分の工賃を一度に受け取ることができて、ホクホクしている。
もちろん、一般企業での収入には遠く及ばないが、それでも年金生活者にとっては大金だ。
好きな映画を障害者割引で見たり、欲しいiPadを買おうかなと思っている。
あと、安物だが最近買った中古のバイオリンの練習もしたい。できれば楽器店のレッスンに通いたい(12,000円/月は厳しいが)。

めい(生後1ヶ月)

ナツキ(14歳)

ひな(16歳)、ナツキの母親

1万円の中古のバイオリンと8,000円の弓






*1:障害者への配慮もしながら、雇用契約を交わして自治体の最低賃金で9時~16時程度週5日ほど働く作業所。一般企業に近いかもしれない。

*2:雇用契約を結ばずに、1日2~4時間ほど作業をするところ。自動車部品の組み立てや食品を作ったり、内容はさまざまである。

わたしのドメイン(今週のお題)

今週のお題「わたしのドメイン

 

「お名前.com」を含め、複数のレジストラで複数のドメインを持っているが、まだ使っておらず、またこれから自分のネット上の名前をアピールしたいドメインが一つある。

 

「estwald.me」

 

.meドメインは本来モンテネグロの国別コードトップドメインであるが、英語の「私」に通じるので人気がある。

 

文章、日記、書評、映画の感想、絵…そういった自分を表現できる総合的なブログ、あるいはサイトにこのドメインを使いたい。2025年5月まで取ってある。

 

estwald.meの契約画面

 

映画「英国王のスピーチ」感想

  • 2010年、イギリス・オーストラリア
  • 監督:トム・フーパー
  • 主演:コリン・ファースジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム=カーター、ガイ・ピアースデレク・ジャコビマイケル・ガンボンティモシー・スポール

  • あらすじ:
    20世紀初頭のイギリス。王ジョージ5世の次男ヨーク公は、幼い頃から吃音に悩んでいた。父王にスピーチを任されても失敗してばかり。妻エリザベスは、オーストラリア帰りの言語聴覚士ローグを夫に紹介する。王族と平民の格差を気にすることなく自分に接するローグに反発していたが、徐々に心を開き治療を受け入れていくヨーク公。だが、亡くなった父王の跡を継いだ兄エドワード8世が1年も経たずに王座から降りてしまったため、心ならずも「ジョージ6世」としてその後釜に就くこととなる。ナチス・ドイツの圧力が次第に強まる情勢下、国民の士気を高めるためのラジオ演説を、ジョージ6世は無事やり遂げることができるのか…。

  • 感想:
    この映画は史実に基づいた作品である。多くの人々が、自身が持つ欠点や障害に悩んでいる。ジョージ6世の場合はそれに加え、発明されたばかりのラジオで植民地を含むイギリス全土におのれの声を届けなければならない立場にあった。吃音の悩みは本当に深かっただろうと察する。特に、王たる務めをないがしろにして2回の離婚歴がある女性と本気で結婚しようとする兄王エドワード8世(イギリス国教会は離婚歴のある女性が王族と結婚することを認めていない)を諫めようとして吃音のため言い負かされてしまった時は、さぞかし悔しかったろうと思った。責任感が強い上に真面目なジョージ6世は、王位を継承した直後、妻エリザベスの前で「私は王ではない」と弱音を吐き、むせび泣く。エリザベスはそんな夫を優しく癒していた。
    そんな献身的なエリザベスが見つけてきた言語聴覚士のローグは、資格も免許もない、経験だけを頼りに数多くの患者を治療してきた風変わりな男。彼はジョージ6世と対等に接しようとし、当初は王の反発を買うが、独自のやり方で王の吃音を治す努力をし、1939年9月、ナチス・ドイツとの戦闘状態への突入を全イギリス国民に告げるラジオ放送の際にも、マイクを隔ててジョージ6世を支えるのであった。王は見事にやり遂げ、この映画は終わる。エンドクレジットによると、のちの戦争スピーチにおいてもローグは常に王に付いて支え、王はローグに「君主個人への奉仕によって授与される唯一の勲章」を与えている。そして生涯ふたりは良い友人であったという。
    吃音の治療として、下顎をぶるぶる動かしたり腹筋を使わせたり窓から大声を出させたりするのは大体想像がついたが、ローグのやり口はさらに、罵倒や卑猥な言葉を叫ばせたり、歌に合わせてしゃべらせたりとユニークだった。戴冠式のリハーサルで、ウエストミンスター寺院の王座にわざと座ってジョージ6世を怒らせて大声を出させるあたり、なかなか巧みだなと感じた。
    その戴冠式のニュース映画を一家で見ていて、ヒトラーの演説を「何を言ってるかは分からないがうまい」と言うジョージ6世。微笑ましくもヒヤッとするところである。なお、現イギリス女王エリザベス2世はジョージ6世の長女である。
    オリジナル音楽の他に、モーツァルトブラームスベートーヴェンの曲が流れるが、これらはロンドン交響楽団の演奏で、「さすがはイギリス、懐が深い」と思った。

    この作品は、第83回(2011年)アカデミー賞(作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞)、第68回(2011年)ゴールデングローブ賞(最優秀主演男優賞)、第35回(2012年)日本アカデミー賞(外国作品賞)を受賞した。

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映画「ファイト・クラブ」感想

  • 1999年、アメリ
  • 監督:デヴィッド・フィンチャー
  • 主な出演:ブラッド・ピットエドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム=カーター、ミート・ローフ

  • あらすじ:
    不眠症を抱え、難病患者のセラピー会場へ潜り込み、周囲に合わせて大声で涙を流すことで毎夜寝付きを良くしている「僕」。出張ばかりのうんざりする毎日のとある飛行機内で、「僕」は自分と同じ鞄を持つ石けん売りのタイラーという男と知り合う。「僕」は彼に好感を持ち、連絡先をもらう。帰宅すると、なぜか「僕」の自宅マンションが爆発しており、大事にしていた内装や食器などがバラバラに散乱していた。行くあてのない「僕」はタイラーに電話する。彼と飲み交わし、「まどろっこしい言い方はするな、俺の家に泊まりたいんだろう?」と言われうなずくと、「じゃ、代わりに俺を力一杯殴ってくれ」と言うタイラー。「僕」は驚くが、あまりに彼がしつこいのでぶん殴ってみる。殴り殴られる「僕」たち。妙に爽快な気分になりつつ、「僕」はタイラーの廃墟のような家に転がり込む。いつしか「僕」とタイラーとの殴り合いを、男達が群がって観戦するようになった。タイラーは酒場の地下を勝手に借りて「ファイト・クラブ」という秘密の殴り合いの集会を開く。いつにない爽快感をファイト・クラブで味わう「僕」。だがその集まりは次第に反社会的な様相を帯びはじめる。そしてタイラーの正体とは…。

  • 感想:
    まずファイト・クラブという集まり自体がちょっと常軌を逸しているが、この映画にはそれ以上に狂っているところがある。「僕」のセラピー通いもその一つである。黙っていれば誰にもとがめられないのをいいことに難病患者の集まりをはしごしまくるという無神経さが、衣服や食器等を高級ブランドで揃えるという物欲の強さもあわさって酷い。
    セラピーで「僕」にとって邪魔な存在として登場するヘレナ・ボナム=カーター演じるマーラもかなりエキセントリックな性格をしており、タイラーのところへ転がり込んでは「僕」を悩ませる。
    タイラーが「家にあるもので簡単に爆弾は作れる」と言っていたのが本当であり、「僕」の家を破壊したのも、のちに大資本のビルを破壊する元凶になったのも、途中までそれが原因だとは思わなかった。「石けん」はその素材に過ぎなかったという伏線の張り方の巧妙さと、痩身美容クリニックから盗んだ人間の脂肪で作った石けんを美容店に売り込むという汚らしさ。
    「常軌を逸している」とは書いたが、ファイト・クラブでの男どもの汗と血飛び散る殴り合いは、この映画のひとつの見物でもある(趣味さえ合うのなら)。会場の無断使用をとがめられたブラッド・ピット演じるタイラーが、オーナーに無抵抗に殴られた後に自分の血へどをオーナーに吐きかけて使用を認めさせるところなどは鬼気迫っている。
    顔面あざだらけの「僕」が上司を脅して拒否されると、自分で自分を殴り、部屋中の物を破壊しまくって、駆けつけた警備員にどう見ても自分が上司に殴られたようにしか見えないよう仕向け、大量の備品をせしめていくところも、エドワード・ノートンの演技力の高さを感じた。
    そしてファイト・クラブが昂じて発生し、タイラーが統率を取った秘密結社「メイヘム」。まるで軍隊同然に規律を守り一糸乱れず爆弾を作り爆破計画を立てていく黒ずくめの男達。「僕」がセラピーで出会いファイト・クラブで再会したボブもその仲間に入り、しくじって警察に撃たれ死亡するが、「我々には名前がない」「裏庭に埋めよう」と言い出すメイヘムの男達に「彼にはボブという名前がある!」と「僕」が叫ぶと、「死んだメンバーは名前を持つ」と一人が言い出し、次第に「彼の名はボブ」「彼の名はボブ」という輪唱が湧き上がるところは怖かった。
    何よりもこの映画のキモは、タイラーの正体が「僕」のもう一つの人格であったと「僕」が気付くところである。行方をくらましたタイラーを追い、飛行機で各地へ飛ぶ「僕」だが、ある街のメイヘム分所で「彼の名前はボブ」の輪唱を再び聞き、「先週もあなたはいらっしゃいました、あなたはタイラーさんです」と言われる。ホテルにすっ飛んでマーラに電話すると、自分のことを「タイラー」と呼ばれ、慄然とする。そこに突然タイラーが現れ、自分達は二人で一人なのだ、と気付かせる。(考えてみれば、同じ鞄を持った男が飛行機で隣に乗り合わせる確率などほぼ0に等しかったのだ…。)
    クレジット会社など資本主義の象徴である企業が入っているビルを連続爆破するというメイヘムの計画を知った「僕」は、必死にそれを阻止しようとするが、タイラーの妨害に遭いなかなか進まない。監視カメラに映る、「僕」ひとりの格闘シーン。ビルの階上で、「僕」は椅子に拘束されタイラーに銃を突きつけられるが、『タイラーが銃を持っているということは自分もまた銃を持っているということだ』と気付き、手に現れた銃で自分の口を撃ち抜く。タイラーは消滅し、「僕」は頬を怪我するが、ビルの爆破阻止は間に合わず、マーラと二人で高層ビルが崩れていくのを見守るだけであった。大変な被害が出ているのを見ているのに、妙に美しいラストである。サイコSF的ですらある。


    なお、「僕」というのはキャストの字幕で「ナレーター」と出ているための便宜的な一人称で、映画サイト等では「ジャック」という名が仮に与えられているところもある。

    www.youtube.com

映画「シェルブールの雨傘」感想

  • 1964年、フランス
  • 監督:ジャック・ドゥミ
  • 音楽:ミシェル・ルグラン
  • 主演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ニーノ・カステルヌオーヴォ

  • あらすじ:
    1957年11月、フランスの港町シェルブール。そこには美しい17歳の少女ジュヌヴィエーヴと、彼女と将来結ばれる夢を見ている20歳の自動車工ギイがいた。ジュヌヴィエーヴの母は傘屋を営んでおり、ギイは病気がちの伯母と暮らしていた。ジュヌヴィエーヴの結婚について母は「まだ若すぎる」と反対しているが、ギイとジュヌヴィエーヴは「子供はきっと女の子、生まれたらフランソワーズと名付けよう」と上の空。ところがそんなところに、傘屋のもとに莫大な納税通知書が届く。肌身離さず付けていた大事なネックレスを売ろうとした母の前に、各地を飛び回る誠実な性格の宝石商カサールが現れる。彼のおかげで助かったジュヌヴィエーヴの母。そしてさらにそこへ、ギイの元にアルジェリア戦争への召集令状が届く。ギイは幼なじみのマドレーヌに伯母の世話を頼み、出立する。決して忘れない、手紙を書く、と涙ながらに別れるギイとジュヌヴィエーヴ。そして1958年1月、ジュヌヴィエーヴはギイの子供を身ごもっていた。しかし、ギイからの手紙はほんの数通しか届かない。不安な毎日を送っていたジュヌヴィエーヴの前にカサールが来る。彼は愛する妻を亡くし、商売のために世界中を行き来することで寂しさを紛らわせていたのだった。カサールは「もしその気になったら」とジュヌヴィエーヴに求婚して旅に出る。ギイからは「男ならフランソワ」と喜びの手紙が届くが、まだ帰郷の気配はない。まだ産まれぬ子供ともども愛してくれると言ったカサールに次第に心を開いていくジュヌヴィエーヴ。やがて二人は結婚、パリへ移住する。1959年3月、負傷したためやっとシェルブールに帰還したギイだが、傘屋は他人の手に渡っており、ジュヌヴィエーヴは結婚したと聞いて、仕事も自暴自棄になって辞め娼婦を買ったりする。病気がちだった伯母がその時亡くなった。マドレーヌに「仕事もしないあなたは嫌い」と言われ、心を入れ替えて伯母の遺産を使いガソリンスタンドを始めたギイ。そしてギイとマドレーヌは結婚する。1963年12月のある雪の日、マドレーヌと息子フランソワがクリスマスのプレゼントを買いに出かけた時に1台のクルマがギイのスタンドに止まる。それはジュヌヴィエーヴのクルマだった。清純な娘だった頃の面影は消え高級マダムとなっていた彼女を、ギイはひと目で見分ける。「娘はフランソワーズというの。会ってみる?」「いや、やめておこう」と短い会話を交わし、給油を終えたジュヌヴィエーヴのクルマは走り去る。入れ違いに帰宅したマドレーヌとフランソワをギイは喜びの顔で迎え、部屋の飾り付けをしよう、と明るく言うのだった。

  • 感想:
    これはミュージカル、いや踊りはないので現代風オペラとでも言える映画で、セリフは全て歌である。俳優の歌唱に後から合わせてプロの歌手が歌を付けているか、あるいは逆であろう。個人的に、同じフランス語のクラシック・オペラのドビュッシーペレアスとメリザンド」が私はとても好きなので、フランス語の歌の、特に発音のエレガントさにうっとりとした。テーマ曲も「ああこれはどこかで…」と聞き覚えのあるものだった。名曲なため何度もカバーされているらしい。音楽担当のミシェル・ルグランは2019年に亡くなったが、フランスのマクロン大統領は「フランスの最も偉大な音楽家のひとり」と哀悼の意を表した。
    それにしても、戦争が愛する二人の仲を引き裂くというのは割とありきたりな話ではあるが、身重のジュヌヴィエーヴを赤ん坊ごと受け入れるカサールはいささか紳士過ぎるものだ。宝石商で裕福なためだろうか、それとも妻との死別がよほど堪えていたのだろうか。ともあれ、彼と結ばれたおかげで経済的にはジュヌヴィエーヴは本当に見違えるほどに変わっていた。ジュヌヴィエーヴを演じていたカトリーヌ・ドヌーヴはこの時20歳。16歳の小娘から22歳のマダムまでを演じきっている。
    パステルカラーの街並みや、赤や水色で彩られた傘屋の内装がきれいでうっとりする。本当のシェルブールの再現ではなかろうし、ジャック・ドゥミ監督の美意識が反映されているものだろう。
    アルジェリア戦争について触れると長くなるが、フランスにとっては2度の世界大戦と同じくらい近代史における負の遺産と言える歴史である。一度フランス近代史の本を読んだが、読み返してみようと思っている。
    オープニングの傘、傘、傘。何と美しい始まり方だろう。
    ギイがジュヌヴィエーヴと別れ家族と和やかに暮らす光景に、いささかほっとさせられた。バッドエンドではなく、ビターエンドだと思う。
    この作品はカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞し、近年2Kリマスター版が製作されている。私はAmazon Prime Videoで見たが、高画質版でとても良かった。(残念ながら先日プライム会員特典から外れてしまったが。)

    www.youtube.com